2012年4月10日火曜日

森 絵都 「ラン」

日本に帰国後、初図書館で借りてきて読んだ本です。

ラン (角川文庫)


彼女の本は、今4?才の私の心をかる~く揺らしていきます。
主人公の設定が切ないです。
自転車屋さんと親しくなっただけで、ジーンとします。
クリーニング屋のおばちゃんと戦って、「やった」と歓声を上げます。
その時点から、あの世の家族の目線で見ていたのですね。
運動音痴でも頑張っている姿を読むと、勇気が出ます。
周りの人物ももう少し知りたかったけど、(特に大島君)それは読者の想像に任せるってことですね。

アメリカ駐在4年の間、公共の図書館の日本語コーナー、補習校の図書室、BOOKOFFのおかげで日本語の活字に飢えることなく生活が出来ました。
英語ならすぐ手に入るけど、2ページも読むと眠たくなってしまいす。

日本の田舎の図書館ですが、きれいな本が美しく並べられており、感激しました。

2012年3月5日月曜日

小学校、中学校に行き始めて2週間で思うこと。

小4のYが日本の小学校に通い始めて早2週。問題点が浮かび上がりました。

1)忘れ物が多いです。
給食袋と白衣、宿題の日記を書いたノートをいっきに忘れたのに、本人ケロッとして帰ってきます。
アメリカでのBest Friend Yちゃんの楽天さがうつったのでしょうか?

2)最初は100点を2回続けてもらってきました。
Yって“意外と”出来る子なんだねとほめました。
でも、それ以降、続きませんでした。
80、70、そして算数で65点。やばいです。
公文に入れた方がいいが、苦悶中。

 3)昨日は雨がざんざんふって、ランドセルもくつも靴下もびしょぬれで帰ってきました。
雨の日の傘の差し方も、歩き方もなってないです。
カリフォルニアは雨が降らなかったから、仕方ないことですね。

明け方は雷がすごくて、Yも目を覚まし、電気がこわれた?ってきいていました。
雷の光を知らなかったのでしょうか。帰ってきたら、真相を聞いておかなくては。

Mの問題点。
1)漢字が書けない。
“家族”と書く所が、“家旅”になっていました~~~
それも間違えたってわかっていて、書き直さなかったらしいです。
中2間もなく中3の受験生ですが、大丈夫でしょうか。

2012年2月20日月曜日

引越し アメリカ~日本へ

2月15日。アメリカから日本へ本帰国しました。

少し肌寒い日。すべてを撤収するのは大変な作業でした。
Yは14日まで学校にいき、ジムナスティックもしました。
Mは前の週の補習校で学校、習い事はおしまい。

10日、13日の引越し。
Jさんが陣中見舞いにお昼を届けてくれたり、Rさんが私の焦っている姿をみにきたりと
お友達のおかげで、なんとか無事に終わりました。
洗濯機事件、1万ドル事件などがありましたが、終わってしまった今となれば、笑い話。

11日。
会社の奥様会の送別会。
しめっぽい送別会がきらいなので、ニコニコしていましたが、
主人の手紙のとき、Rさんが泣いていました。
もぉ~、うつっちゃったじゃん。

12日。
ナッツベリーファームに子供たちを連れて行ってもらいました。
私も行きたかったのですが、引越しの準備に追われあきらめました。
MとYはディズニーランドでは体験したことのない絶叫マシンに乗り、ご満悦。
Rさん一日おつきあい頂きありがとう。

Yはうちについて、5分で次の予定。お泊りをさせてもらえる家に行きました。
その晩は4時ごろに寝て、10時ごろに起きたそうな。
Yちゃん、Mちゃん、そしてホストのAさん、ありがとう。

14日。
今日はそんなに予定も入っていませんでした。が...
午前中、さなえさんにカットとカラーをしてもらい、至福の時間。
帰ったら1万ドル事件も解決していて、Mとサウスコーストプラザへ。
おみやげの化粧品、バッグ等を購入。
BOUDINでお昼を買って、ホテルに戻り遅い昼食。
Yを迎えに学校へ。Yの先生にお礼を言ったり、証明書類をもらってきたり。
そして、バイオリンを返却してから、車の返却をたのみ。ホテルへ。
Yは一瞬で着替えて、RさんがYをジムナスティックへ連れて行ってくれました。
そして私たちは銀行によってから、またまたサウスコーストプラザへ。
Mは何が何でも拒否していたUGGですが、かわいいデザインが安くなっていて、Get.
Yのジムの様子を見て、Mさん、Kさんとお別れ。
夕食は近くのレストラン、”El Trito。”
おしゃれなメキシカンで家族全員大満足。
夜にRさんがやってきて、引越し後のあらましを話します。
大うけ、大爆笑でした。疲れているところ、遅くに訪ねてきてくれて、ありがとう。

そんなこんなで、迎えた15日。
お見送りは不要と伝えたのにもかかわらず、Kさん、Jさん、Rさんがやってきてくれました。
感謝感謝です。

そうそう、ANAのビジネスクラス。最高でした。
個別のTV画面まで遠くてメガネが必要なほど広く、
となりのMと話す時に声を張らなくてはいけないほど遠く、
Yはエコノミー客が乗り込むときに、「ふざけんな~」とか「子供がこの席なら親はファーストかな」などと話していたそうで、それだけ子供と席が不釣合いな程でした。

そんなこんなで終わってしまったアメリカ生活4年間。
またこれからは静岡の田舎で義母との同居生活。
面白い話題があれば、アップします。